2010,05,15, Saturday
シャルル・ブーロー(著)『構図法 名画に秘められた幾何学』の日本語版序文には「・・・ところが、わが国では、伝統的に、構図を数理的に考えることがほとんどなかった。すべては直感というか、勘の世界なのだ。どちらが優れているかの論はべつにして、ここに日本人の油絵の、構造的な弱さの一因があるのは、たしかだろう・・・」というくだりがあるが、全く同感である。しかしながら、構図法を数理的にキチンと考えるというような話をすると、直感派の人が現われてびっくりするほど怒りまくったりすることがあり、注意が必要である。逆に構図法の本を読んだが為に、絵画のほとんど全ての意味を構図に求めてしまうような場合もあって、それもどうかと思うわけである。構図法も直感も両方大切であって、どちらか一方に限ってしまうのが、そもそもバランス感覚を失調しているのではない。そのバランス配分は、各人が扱う題材や作風によっても異なるから、最終的には個人の判断となるのが筋であろう。
というわけで、構図を数理的に考えるという点はもっと美術教育に取り入れられていいかと思うのだけど、そうなると決まって登場するのが「黄金比」なんですな。エジプトのピラミッドや、アテネのパルテノン神殿、その他の様々な地域、時代の建築物やら、名画の数々に見出すことができるということになっている。それどころか、巻き貝とか、人体の比率など、森羅万象なんでもかんでもという感じで、いろいろ尾ひれがついて回るのだが、本当なんだろうか? と思わず疑ってしまいそうになるのだけれど、でも、ネット上のコメントなどを読むと、スゲー!って感じで、みんなそのまま受け入れてしまっているようである。解説書によっては、神秘の数字とか、古代から使われてきた絶対の美の基準であるとか、そのような文句が散りばめられているが、事の真偽はともかく、そのような話を聞いた際に少しも疑わないとしたら、ちょっと警戒心が無さ過ぎて危機管理上よろしくないと思わないでもない。正直のところ、黄金比を語れるほどの知識はないのだけど、いろいろもやもやした気持ちがあったので、手元にあった黄金比関連の本を軽く読み返した他、新たに注文したり、図書館から借りるなどして、読み漁っていたりしたのである。今は目の前にどっさりと黄金比の本が積まれており、はたから見たらどんだけ黄金比が好きなんだよと思われそうである。 実は黄金比はちょっとしたピンチかもしれない。もちろん、数学上の黄金比に格別の価値があることには変わりはないだろうが、美の基準みたいな、いろいろくっついていた付加価値みたいなものが再考されつつあるような気配がしないでもない。マリオ・リヴィオ(著)『黄金比はすべてを美しくするか?』は原題がThe Golden Ratio: The Story of Phi, the World's Most Astonishing Numberというらしいので、邦題はちょっと煽り気味な感じがするけれでも、数学としての黄金比の歴史を分かりやすく真面目に解説していて、その上で建築や美術で使われたとされている事例について検証しており、ピラミッドやパルテノン神殿に関しても黄金比を利用して築かれたという点が否定的に捉えられている。 自然や人工物に限らず、黄金比と言われているものは、実測してみると、黄金比というには誤差がありすぎる、あるいはそもそも黄金比と全く関係ない数値だったりすることが少なくない。wikipediaの「黄金比」の項は(他言語の同項目と比べて大した記事ではないのだけれど)、オウムガイが黄金比なのかどうかということで、ちょっとした編集合戦があったことが伺える。オウムガイの殻の構造は黄金比の例として頻繁に言及される。しかし、実際のオウムガイの測定値は「対数螺旋ではあるが、黄金螺旋ではない」というような記載が英語版Wikipediaになされ、それをもとにかどうか、日本語版に加筆されてネット上で広まり、各所でちょっとした衝撃を与えたようである。現在は、はっきりと否定した文献がないということで「・・・植物の葉の並び方や巻き貝の中にも見つけることができるといった主張がある」という感じに落ち着いている。 実は日本語版も出ているアルプレヒト・ボイテルスパッヒャー,ベルンハルト・ペトリ(著)『黄金分割 自然と数理と芸術と』に「・・・しかし、このようなみごとな性質は、対数螺旋ならどれにでも見られることを述べておかなければならない。黄金螺旋や妙法螺旋だけが、このような際立った役割を果たすわけではない。たとえば、オウム貝の螺旋は、黄金螺旋でも妙法螺旋でもないのである。黄金分割との関係は、本章で記述した初等幾何学的構造にとどまる・・・」と述べられいる。しかも同章は「…本章で述べる螺旋は、黄金分割とかかわりをもってはいるが、そのかかわり方は、著者等の考えではそれほど深いものではない。それでも、螺旋は、黄金分割との関連で言及されることが多いので、省いてしまうわけにはいかない・・・」という嫌そうな感じで螺旋の章を始めている。自分にとっても巻き貝はどうでもいい。 次に人体に黄金比見付かる、あるいは人体は黄金比で構成されているという話であるが、例えばヘソの位置が黄金比とされているが、スコット・オルセン『黄金比』では、長年の測定によると、「とくに多かったのは5/3(=1.67)だが、なかには8/5(=1.60)>もあった」とされており、しかし、それで充分黄金比の近似値と結論されている。まぁ、5/3もフィボナッチ数列であるから、黄金比に含めてもいいのかもしれないけれども、1.67は微妙なラインのような。。。ちなみに、平均的日本人が自分を計測すると、もっとすごいことになってて衝撃を受けるであろう。これは、美的に理想的な人体の比率が黄金比であって、べつに人体に黄金比が内包されているという意味ではないのかもしれない。いずれにしても、へその位置がそんなに重要だろうかと思わないでもないのだが。。。 やはり最大の関心事は、美術関連で古くからある作品に関して、制作者が黄金比を知っていて利用したのか、それとも美的に安定した形にしたら偶然に黄金比に近い値になったのか、あるいはそもそも黄金比の近似値は多少複雑な形を持ったものなら探せばいろいろ見付かるというだけで、取り立てて大げさに美の基準とまでいうほどのものではないのか、等々のような点である。で、手元に集めた各書の主張をいろいろ読んでみたのだが、気が向いたら感想など書いてみようかなと。 |
2010,03,12, Friday
ずいぶん前に、シルバーホワイトに各種乾性油等の媒材を混ぜて塗布し、どれくらい黄変するか見てみようという記事を投稿したのだけど・・・
■油彩用メディウム黄変試験 http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=437 あれから2年弱が経過したので、現状を観察しつつ、若干のコメントを残しておこうかと。 試験方法としては、けっこういい加減に混ぜたり塗布したりしているので、正確性に欠いていますが、まぁ、それも含めて、実際の使用に近いのではないか、とか言い訳しつつ。 写真は、実物の色とは多少違うとは思いますが、だいたいこんな感じです。 リンシードオイルはしっかり黄変してますなぁ。それに比べるとポピー、サフラワー、サンフラワー、ウォルナット(以降これら4つまとめてポピー系と表記)は共に黄変はずっと少ない。ただし、少ないだけであって、若干は黄変している。ポピー等は黄変しないと思っている人がけっこう居ますが、リンシードよりずっと少ないにしろ、ある程度は黄変する(これは俵屋工房でも言ってました)。気になるのはポピー系は触ると柔らかいんですよね。乾性油を多目に混ぜているという点と、塗布後すぐに額装したということで、乾燥の条件が悪いのは確かなのだけれど、リンシードのサンプルがしっかり固まっているのに大して、ポピー系は触るとあきらかに柔らかい。今まで同じ条件で塗布して触り比べるということがなかったので気付かなかったが、こうして比べるとけっこう差がある。ポピーで描いた上に、リンシードで重ね描きするのは、柔らかい層に固い層が載るわけで、あまり好ましくないかも。 リンシードオイルは様々な種類を試し、それぞれ若干の黄変度違いがみられるけど、試験方法が適当なのでだいたい誤差範囲でみんな似たように黄変していると言っていい。ビンに入っているときの見た目の色とはほとんど関係ないような気が。。。どのみち黄変するから無理にブリーチせずに黄色いオイルで描いた方がいい、とデルナーも言っていたそうですが。ただし、誤差というのを差し引いた上でも多少の傾向を読み取ると、スタンドオイルはやはり黄変が少なく、ボイルドオイルは黄変が多いような気がする。これも技法書通りの結果である。市販のサンシックンドオイルもそんなに黄変しなかった。市販の生リンシードオイルより黄変していない気がする。自製サンシックンドは生リンシードと同じくらいに黄変していたが、しかし使用したのがまだ自製に手慣れていなかった頃のサンプルなので、暇があったらリベンジしたいところである。ないけど。 ダンマルワニス、マスチックワニスを混ぜて塗布したものは、ポピー系よりさらに黄変していない。それに実に素早くカラリと乾燥した。ただし、まだ2年というスパンなので、年数が経つと黄色くなる可能性がありそうだと予想中。また、乾性油と比べたら、溶剤に溶けやすく、経年で脆くなるということなので、ダンマルワニスだけで描くというわけにはいかない。コーパルワニスは黄変してるけど、予想したほどでもない。ヴェネツィアテレピンが意外と黄変している。リクィン(アルキド樹脂)は全サンプル中、最も黄変が少ない。というかアクリルジェッソの地塗りとほとんど変わらん。 リンシード、ダンマル、テレピン等を適度に混ぜた、いわゆるペインティングオイル的メディウムを混ぜて塗布したものは、黄変も少なく、乾燥性も良くて、なかなかよろしい。まぁ、テレピンが適度に入ったために、乾性油の量がそれほどでもないというだけの話かもしれないけど、そういうのもひっくるめて、描画用メディウムとしてバランスがいいと言えるのでしょう。リンシード、ウォルナット、ブラックオイルなどのパターンで試しているが、確かにウォルナット使用のものはリンシード使用のものより黄変が少ないけれども、それほど顕著な差があるわけではない。 以上、サンプルを見ながら思いついたことを適当に書きなぐったので、不備あろうかという思われますが、そもそもまだ途中経過の段階で、これは何の結論でもなく、メモ程度だと思ってください。あと、サンプルは、真っ白い地塗りの上に塗られてあるから黄変が目立っているが、キャンバス上の色というのは、周りの色との相対的な関係で印象が変わるので、さまざまの色の中にあれば、黄変は目立たなくなる。特にバロック風の絵の中にあっては、一番黄変しているサンプルでも、きっとまぶしい真っ白に見えることでしょうから、画像を見て不用意に黄変を嫌わないように願います。 |
2010,01,01, Friday
気が付いたら新しい年になっており、いつもはブログにその年に観たDVDとか書籍の話とか年末にまとめて総括などしていたが、こうも1年が過ぎるのが早いといちいちそんなことしてられないような気がして、今後は反省会もビエンナーレ形式でいこうかと思ったが、1年は短いが2年だとけっこう長いので、悩ましいところである。
とりあえず、絵画材料的にいろいろ疑問が尽きない点が無数に残されているので、新年が来ようが来まいが淡々とやっていくだけだったりする。 さて、PVA糊製品の注意書きに「凍結注意」というのを見かけることがあるのだが、実際に凍結するとどうなるのかやってみようかと。。 なお、これまではPVAとして「せんたく糊カネヨノール」ばかり使ってきたが、一製品に固定するのは実験上よろしくないので、同じくせんたく糊の「ゴーセノール」という製品を買ってみた。 これも160円くらいである。 カネヨノールは液性が中性~弱酸性となっていたが、ゴーセノールは弱酸性とだけ表示されとりますね。実際にどう違うかは計測してないのでわかりませんが。 で、空きペットボトルにせんたく糊を入れて、冷凍庫に一昼夜・・・。 見事に凍ってますな。 しかも、なんか白くなってるし。 PVAは水溶性で、成分中の水分量はかなり多いから、凍るのはまぁ当然と言えば当然か。 もちろん、凍っている間は使用不可能である。 融けたら、またもとの色に戻った。 粘度とかも、元の状態に戻ったようである。 膠の水溶液は凍結させると接着力が落ちるそうなので、PVAにもそんな性質があるかもしれぬと思ったのだが、ちょっと凍結したくらいでは、たいして変質しないだろうから、3回ほど冷凍・解凍を繰り返した。 その後、手元にあった適当な紙(年末調整の封筒とレシートなのだが)を貼り付けてみた。 しっかり乾くのを待った後、手で剥がそうとしたら、紙が破れるぐらいには接着されている模様であり、接着力的には実用上問題なさそうである。というか、これくらいで駄目だったら寒冷地の在庫管理大変か。 凍結・解凍をもっと繰り返してると違うかもしれない。違わないかもしれない。 しかし、この辺でなんかどうでもよくなってきたので終了。 |
2009,07,05, Sunday
前回までの荒筋。
チーズの接着剤について(1) http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=566 チーズのみで板を接着する。 http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=573 石灰とチーズの接着剤 http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=575 牛乳と顔料で板にペイントする http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=587 チーズに関しては、自分でもいい加減、飽きてきたような気がしないでもないけど、実験した写真が残っているので、めぼしい物をささっとエントリー。 ■プロセスチーズを使ってみる。 以前紹介した例では、主にうらごししたカッテージチーズを使っていたけど、スーパー等で一番普通に見かけるプロセスチーズは使えないだろうかということで、以下のように試してみた。 プロセスチーズです。 フレッシュチーズの類と違って、いきなり石灰水でプロセスチーズを綺麗に溶解させるのは難しいので、予め一晩水に浸して柔らかくしてみる。 ↓ 一晩水に浸すと、ふやけて柔らかくなり、ちょっと混ぜるだけで、こんな風に簡単に練りもの状に。 少量の水を加えれば、うらごしカッテージチーズと変わらん雰囲気に。 以降は、石灰水を入れて、よくかき混ぜてから、板を貼り合わせてるといういつものとおり。結果としては、素手で剥がすことができないくらいに接着されたので、まぁ、うまく言ったというところか。しかし、コンクリートに強打してみたら剥がれてしまったので、カッテージチーズ使用時より劣っているかもしれない。が、消石灰じゃなくて、生石灰を使っていれば、強力に着いたかもしれないとか、心残りも少々なきにしもあらずだが、この件はもういいや。 ■チーズで封をしている例を発見。 缶詰誕生200周年-200年前のびん詰を復刻- 包装容器及び容器詰め食品のプロを育てる - 東洋食品工業短期大学 http://www.toshoku.ac.jp/tech/108.html なるほど、こんな方法があったとは。というか、こんな発想があったとは。 これを再現するわけではないけど、盛り上げみたいな感じにチーズを塗ってみようかと試す。 カッテージチーズに生石灰を投入。 ベニヤ板に盛って、ついでなので、適当なものを貼り付けてみた。 |
2009,04,18, Saturday
チーズの接着剤について(1)
http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=566 チーズのみで板を接着する。 http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=573 前回、カッテージチーズ(うらごし)を水に混ぜたもので板を接着してみたが、今回は消石灰、あるいは生石灰を加えたもので、同じことを行なってみる。 カッテージチーズ(うらごし)は少量の水に溶くと見た目も臭いもヨーグルトみたいな感じになる。この時点でしっかり混ぜておいた方が後の作業が楽になる。 そこに、消石灰を少々投入する。 しばらく攪拌していると、微妙に透明度が増してくる。ちょうとカゼインをアンモニアで水溶化したときとそっくりで、独特の硫黄っぽい臭いまで同じだったりする。ただし石灰はそれなりに白いから、後に紹介する石灰水を使った場合に比べるとずっと白く見える。 板に塗布して、貼り合わせてみる。 1~2日放置すると、素手では無理なぐらいに接着されている。水とチーズだけのときはコンクリート壁に繰り返し叩き付けているうちに剥がれてしまったが、今回はそれくらいのことではビクともしない。 接合面したところはこんな感じ。溢れた糊が黄色っぽい透明になっている。 次に、生石灰を使用してみる。現代人向けの処方ではアンモニアか消石灰を採用していることが多く、生石灰と消石灰の違いで何か差が出るだろうかと気になってしまわないでもない。『絵画材料事典』のカゼインの項には「・・・ほとんど全種のアルカリのいずれかと混合すると接着剤となる。アルカリが石灰の場合はこの接着剤は強耐水性となる。今日では消石灰(水酸化カルシウム)の方が生石灰より使いやすくなっている・・・」とあり、当時との状況の変化により消石灰の方が身近なものになっているから、というふうにも想像できる。また、カゼイン接着剤は元々耐水性とされるが、石灰を使用するとより強い耐水性が得られると読み取れる(A.P.ローリーはアンモニアの替わりに石灰を使ってもなんら利点はなかったと書いている)。単に強いアルカリが必要なら、現代なら薬局でアンモニア水を買うのが楽であり、同じくらい消石灰も身近に存在するが、生石灰は確かにそうでない気がする。 先ほどと同じようにカッテージチーズ(うらごし)を水で溶いてよく攪拌する。肝心の石灰であるが、実は生石灰を塊のまま投入しても効率よく反応してくれず、むしろ粉末の消石灰の方がうまくいったくらいだったので、直接投入は止め、ひとまず生石灰を利用して石灰水を作り、それを入れてみることに(生石灰は食品乾燥剤のものも、薬局のものも大きめな粒のものしかなかった)。正確には生石灰に水を入れて軽く混ぜただけの状態なんだけど。ちなみに、生石灰は水と反応して熱を発するのでくれぐれもご注意ください。 反応がとても早く、すぐさま半透明状になった。 同じことを消石灰を溶かした水でもやってみたが、生石灰の方が遥かに強力と思われた(pHとか計ったわけではないけど)。間違って飲んじゃったりしたら胃が溶けるかもしれないので、くれぐれもご注意を。 板に塗って、貼り合わせてみる。 さっきより、透明度高いっすね。アルカリとして強いという点と、白い粉があまり入ってないからかと。 これもまた強力に接合された。 接着面が黄色くなっている。 |
2009,04,14, Tuesday
前回からの続き。
「石灰とチーズで膠をつくる」と書くと、漆喰などのイメージから、石灰の硬化によって固まると思われてしまう可能性がなきにしもあらずな気がするが、基本的にはチーズ膠はカゼインによって接着するもので、石灰はまずタンパク質(カゼイン)分解するアルカリとしての役割が主であり、石灰の硬化は全く無関係とは言わないけど、ほとんど関係ない要素ではなかろうかと。チェンニーニの場合も石灰を少量加えるとしか書いていない。べつに石灰でなくても、灰汁やアンモニア水でもいいのかもしれない。しかし、その前に、チーズをアルカリで溶かさずに接着することはできるのか試してみたい。チーズを食器についたままにしておくと落とすのに手こずるが、平滑な磁器でさえ大変なのだから、板を接着した相当接着力があるだろうなと思うわけで、試しにチーズに何も手を加えず接着してみることにした。最初に実験に使ったのはカマンベールチーズである。内側の柔らかい部分はかなりの粘りがあって、いかにも接着剤として機能しそうであり、またどこのスーパーでも簡単に買えるということで。 カマンベールチーズの内側の柔らかい部分を板に塗る。 2枚の板を貼り合わせる。 一晩放置する。 素手で剥がそうとするも、ビクともしない。 ハンマーで叩く、コンクリートの床に何度も打ちつける等の無茶をやっても、剥がれる様子はなかった。びっくりするほどの接着性である。 次にカッテージチーズ(うらごし)を使って接着してみた。カマンベールと比べると、かなりあっさりしているので、少々不安である。 一応、接着されて、一見強力に接合されているようだったが、床に落っことしたら割れてしまった。 水分が足りずに、ぼさぼさの状態で貼り合わせたからかもしれないと思い、水でよく溶いて再度試みた。 ヨーグルトっぽくなったものを板に塗布。 今度はしっかり接着されている。力一杯剥がそうと試みるも素手では無理だった。 コンクリートに何度も打ち付けていたら、さすがに剥がれてしまった。 なお、アルカリで溶解したサンプルも用意しており、そっちはコンクリート壁強打でも剥がれることなく強力に接着されていた。 まだ検証として充分ではないが、結果から予測するに、カッテージチーズだけでも接着可能であるが、アルカリで溶かしたものに比べて接着力は劣るようである、ということが言えそうだし、溶かしてあればとろりとして塗り具合もよいということは確かである。が、それとは別に、カマンベールの接着力は尋常ではなく、何も手を加えない状態で強力に固まった。カマンベールの場合、熟成の過程で白カビがカゼインを分解するので、ちょうど石灰やアンモニアを加えた状況と同じことが起こっているのかもしれない。ちなみに、日本で売られているカマンベールは熟成の途中で殺菌処理されるが、本物のカマンベールの場合、特に熟成し過ぎたものはどろりと溶けたような状態になり、強いアンモニア臭がする、という話である。 |
2009,03,30, Monday
日本では動物の皮などから得た膠はかなり広い範囲で活用されてきたが、チーズの膠の話はあまり聞かない。カゼイン接着剤はヨーロッパでは液状のものなど売っていてわりと気軽に使用できるが、日本ではそんな感じではない。というわけで、獣皮等の膠に関しては、洋の東西問わず根本的な部分では共通していると思うが、チーズ系の利用となると文化の違いを感じていたりするわけで、チーズで物をくっつける実験をここに試みたい。
参考までに、チェンニーニは以下のようにチーズの接着剤について紹介している。 第112章 石灰とチーズで膠をつくる法 これは木工の親方たちが用いる膠であって,チーズからつくられる.チーズを水にひたし,生石灰を少量加えて,両手で板切れを持ってかき混ぜるのである。2枚の板のそれぞれに膠を塗り,貼り合わせると,2枚は互いにしっかりと接合する.以上で,種々の膠のつくり方については充分である.『絵画術の書』(岩波書店) 現代では市販のカゼイン粉末を水にふやかし、アンモニア水などのアルカリで中和、水溶液化して使用しているが、これらに替わってチーズと生石灰で試してみようかと。先に断っておくと、カゼインについてよく理解しているかと言われれば、微妙であり、まぁ、だからこそ勉強も兼ねるということで、手順が行き当たりばったりな点はご理解の上読み進めるとと共に内容について無闇に信用しないようお願いします。 チーズは何が相応しいかわからないが、固いチーズだと水と混ぜ合わすのは難しいだろうと思い、スーパーでうらごしのカッテージチーズを入手。石灰はチェンニーニの記述に従って生石灰を使用。英語版のチェンニーニも参照したが、quick limeとあるのでやはり生石灰なのだろう(ちなみに後の実験では消石灰でもチーズ単体でもわりと強力に接着された)。消石灰は持っているけど、生石灰はない。買ってもいいけど、多めに買うと保管が面倒だからして、今回は食品用乾燥剤に含まれている石灰を利用する。スーパーで売ってる海苔なんかの容器にいっしょに入っている石灰乾燥剤である。ちなみに袋が膨張しているものは、湿気を吸ってしまった状態なので、既に消石灰になっているとのことである。 袋から取り出した生石灰はわりと大きな粒だったので、乳棒で磨り潰すことにした(前述のように生石灰は湿り気を帯びると高温になるため、口や目に入るとたいへん危険なので、たぶん真似する人はいないと思われるがとりあえずご注意ください)。一応、生石灰が湿気ってないか確認するために、石灰をビーカーに入れて水をかけてみたが、見事にジュワジュワっと反応して湯煙を出した。 ところで、なぜ生石灰なんだろうか。カゼインをアルカリで中和して水溶液にというのはわからないでもないが、チーズの場合どうか。アルカリとして入れるのだろうか。消石灰ではだめなのか。生石灰の方が強いアルカリとなるからか。あるいかアルカリ関係なく、消石灰が空気に触れて硬化する意味もあるのか。いろいろ疑問はあるが、何はともあれやってみることに。 まずは、うらごしカッテージチーズをビーカーに入れる。 少量の水を注いでかき混ぜる。 で、生石灰投入。水に入れたときのように、ジュウジュウ湯気が出るほどの反応ではなけど、でもビーカーがけっこう暖まりますな。 丁寧にかき混ぜる。Reed Kayだったかの本に金属を使用するなと書いてあったような機がしたので、筆の柄でかき混ぜている。 カゼインとアンモニアでやってるときと同じ臭いがしてきた。チーズと水だけで混ぜていたときと違い、いかにも溶けているという様相を呈し始める。 意味があるかどうかはわからないが、なんとなく湯煎してみる。 こんなふうになりました。 で、どろどろの練り物を板の上にたっぷり塗って、2つの板を貼り合わせてみる。 で、こんな感じで乾燥するのを待つ。 一昼夜が過ぎた時点で、既にガチガチに乾燥しているように見えたが、念のため2日置いてから、クリップを外し、貼り合わせた板を力一杯剥がそうと試みる。 が、もはや素手では絶対に剥がすことは不可能(間に金具を差し込んでグリグリやるとさすがに割れた)。 ところで、チェンニーニでは「チーズを水にひたし」と簡単に書かれてあるけど、どんなチーズか?水に浸すとはどんなふうにか?という疑問が残る。で、こんどはテオフィルスを参照してみることに。 XVII祭壇および扉の板について またチーズ膠について 柔らかいチーズが細かく刻まれ、乳鉢の中で熱い湯で、乳棒をもって洗われ、幾度も注がれた湯がそこから澄んで流れ出るまで〔洗う〕。その上でこのチーズは、手で薄くされて、冷水の中に固くなるまでおかれねばならない。これらの後、平らな木板の上で、別の木をもって極めて細く磨られ、こうして再び乳鉢に移されねばならぬ。〔これに〕生石灰(3)を混ぜた水を加えて乳棒で、酒渣がそうであるような密度になるまで、念入りに擂られるように。この膠で接着された板は、それらが乾いた後では、湿気でも熱でも分離させられ得ない程、相互に接合する。『さまざまの技能について』中央公論美術出版 チーズを熱い湯で洗うという部分は重要なポイントかもしれない。先に読んでおけばよかったが、今回は手遅れということで。それにしても、テオフィルス曰く「それらが乾いた後では、湿気でも熱でも分離させられ得ない程、相互に接合する」というのは、実際その通りで、かなり適当にやったものでも、半端でない接着力である。 |
2009,02,26, Thursday
今回は↓これ。
http://naturalpigments.com/detail.asp?PRODUCT_ID=431-10S ショップの解説によると、キプロス島の褐鉄鉱より得た顔料とのこと。 リモナイトの標本を持っているけど、↓のようなものである。 ただし、先日のヘマタイト同様、鉱物のようなものではなく、土状のものから得たと思われる。そもそも、リモナイトは厳密な分類上では鉱物に該当しない。この場合、おそらく水和酸化鉄というぐらいの意味で使われているのかと思うけど。 しかし、まぁ、せっかくなので、手持ちの標本も顔料してみようかと、条痕色を確認してみる。 実はこの標本、あまりリモナイトっぽくないかも・・・。普通もっと黄色なものなんだが、なんか赤い酸化鉄がずいぶん混ざっているような。。。 で、先日購入した”石の絵具”セットを使って研磨。 これ、赤くね? とりあえず、アラビアゴム水溶液で塗ってみる。 詳しくはわからんけれど、今回購入したリモナイト顔料は、水和酸化鉄としてより純度の高いイエローオーカーって感じでしょうか。なんか、人工のイエローオーカーみたいな冷たさを感じるのだが。 |
2009,02,19, Thursday
↓これ。
http://naturalpigments.com/detail.asp?PRODUCT_ID=450-31S 酸化第二鉄を主な発色成分とする天然の酸化鉄赤。 開けてみるとこんな感じ。 ちなみにヘマタイトの鉱物は下記の写真のようなものを持っている。 ただし、顔料の方は、鉱物を砕いたものではなくて、おそらく土状のものから採取されたかと。というか、顔料名にヘマタイトと言われても、酸化鉄赤ですというぐらいの意味しかなさそうな気もする。 試しに鉱物の条痕色をチェック。 条痕色とは、素焼きの陶板など固い板に鉱物を擦りつけたときに付着する色で、鉱物を判別する情報のひとつとなる。それと、鉱物を顔料にしたときの色も分かる。写真を見ると、確かに鉄さびっぽい色のような気がしないでもない。でもちょっと暗いかも。 上記のサンプルを削るのは勿体ないので、もうちょっと扱いやすい形状のヘマタイトを用意。 先日、購入した「石の絵具」のタイル上で、研磨材を使って顔料にしてみる。 赤い色が広がるかと思いきや、ちょっと予想外の汚い紫色が。。。。 一応塗ってみた(アラビアゴム水溶液)。 予定では、赤い色が出て、鉱物の見た目は黒いのに粉にすると赤なんですよ的なことを書こうかと思っていたけど、なんか違う結果に。しかし顔料を購入したショップで売ってる、チューブ絵具のヴァイオレット・ヘマタイトの色見本と似ているような。。。 |
2009,02,01, Sunday
Natural Pigmentsより下記の商品が届いたので、さっそく練ってみた。
Stack Process White Lead (Dutch Method) http://naturalpigments.com/detail.asp?PRODUCT_ID=475-11S こんな袋に入っていた。 中身はこんな感じである。 ちなみに、右横の小さな塊は、前に鉛板とビネガーで自作した鉛白。 で、練り板上にブツを配置。 ショップの説明では予め乳鉢と乳棒で砕いてからビヒクルで練った方がよいとあるが、面倒くさいので練り棒で潰すことに。 この作業は粉塵を吸い込みやすそうなので、毒性の顔料でもあるから、念のため、丸めたティッシュを鼻穴に詰めて作業した。 砕いたところで展色材を投入。 自製サンシックンド+ノーマルリンシード+樹脂と蜜蝋の混ざった自製メディウム。 ステンレスのヘラで混ぜ合わせる。金属のヘラだと大理石板に傷が付くことがあるが、しかしやっぱ弾力性とかの面で、金属ヘラがよい。 練り棒で、顔料と展色材を混ぜ合わせる。 砂のような大きさの粒が混ざっていて、ざらざらしてる。現在の鉛白より粒子の大きさにバラツキがあるというのはショップの説明にもあったがこういうことか、あるいは乳鉢で擦ってないから、こんな感じなのか。 全体が濡れるくらいに混ぜ合わせたら、少量ずつ分けて、じっくり練り合わせる。 練っているうちに、ざらざらはなくなっていく。一般的に市販されている鉛白はいつまで練っても綺麗に練り上がらない、という話が以前掲示板に書き込まれていたことがあったけど、こちらはそんなことはなく、練れば練るほど報われると言った感じで滑らかになっていく。たいへん気持ちよく、徒労感みたいなものがない。 購入したときの塊はそんなに密度が高くないのか、よく練り合わせると体積としてはかなり小さくなって、減っちゃったのかと思うほどである。 3時間以上かかけて、ようやく練り上がったのが、たったこれだけ。 |