テオフィルスの技法書にコーパルのランニング処理が書いてあるらしい件
マックス・デルナー邦訳版のコーパル樹脂の箇所に目を通していたら、(コーパルの樹脂を熱で油の溶かす方法は)プリニウスを始め古くからちょくちょく述べられていたけれども、はじめて正確に融解過程が述べられているのは、テオフィルスの諸芸提要においてであるみたいなことが述べられていました。コーパルの熱溶解方法が述べられていたとは、これは私としては迂闊だったというか、テオフィルスは何度もしつこく読んだつもりいたのですが・・。そのようなわけで、該当箇所と思われる部分を日本語訳版(中央公論美術出版)から抜粋してみます。

-- 引用開始 --

ニスと呼ばれる膠について
亜麻仁油を小さな新しい壺に入れ、フォルニスfornisと呼ばれる樹脂(1)を極めて細かく磨って加えよ。それは最も澄明な乳香の外観をもつが、砕かれると、より明るい光沢を放つ。それを汝が炭火の上にかけたならば、沸騰しないように入念に、三分の一が蒸発するまで煮よ。そして焔に注意せよ。何となれば、それは極度に危険であり、引火した場合には消すのが難しいからである。この膠で上塗りされたすべての絵は、光沢を放ち、美しく又全く長持ちがする。

-同じく別の製法で-(2)

火に耐えて割れないような石を四つ組合わせて、その上に新しい壺をかけよ。そしてその中に、ロマン語でグラッサglassaと呼ばれる、上述の樹脂フォルニスを入れよ。そしてその壺の口の上に、底に穴をもった、より小さな小壺をかぶせよ。そしてこれらの壺の間に蒸気が全く洩れぬよう、そのまわりに粘土を塗れ。その上で、この樹脂がとけるまで、入念に火にかけよ。更に汝は、細くて柄にとりつけた鉄棒を持ち、それで上記の樹脂が、すっかり液化したことを感じとり得るまで掻き混ぜよ。汝は、炭火にかけられた壺の傍に、中に熱い亜麻仁油の入った第三の壺を置くように。そして鉄棒を抜き出すと、糸の如きものを引く程に、樹脂が完全に液化したならば、それに熱い油を注ぎ、そして鉄棒で掻き混ぜよ。そして沸騰しないように、そのまま一緒には煮るな。そして時々鉄棒を抜き出して、少量を、その濃さを試すために、木又は石の上に塗れ。そして重さにおいて、油が二、樹脂が一の割合となるように留意せよ。もし汝が汝の好みに合うように、入念にそれを煮たならば、火から下ろし、蓋をとり、冷却するままに放置せよ。

註(1)《フォルニスと呼ばれる樹脂gummi quod uocatur fornis》を、Ilg訳およびde I'Escalopier版訳では《フォルニスと呼ばれる(アラビア)護謨》、またC.R.Dodwell訳では《sandaracと呼ばれる護謨》とするが、我々はテオフィルスがこのgummiの溶剤に亜麻仁油を用いていることから、これは護謨ではなく樹脂であるとするJ.G.Hawthorne-C.S.Smithの説を採ることにした。通常護謨は水溶性である。また同じくJ.G.Hawthorne-C.S.Smithは、本章に記された二つの製法において、恐らくフォルニスが性質を異にすることを推測している。
註(2)手写本のうち、Hのみがここで第XXII章を起している。

-- 引用終了 --

これってコーパルのことだったのか・・・。正直なところ、後半の方は3回くり返して読んでもちょっと何言ってるのか俄には理解しがたいところがありますが、コーパルを使って記述の通りに試してみたいところではあります。実際、チーズ膠など、他のメディウムに関してはかなり再現性が高く、けっこう確実なことが書かれている書ですので、参考にしたいところです。極めて細かく磨ってから、というのはヒントになりそうですね。なお、翻訳が独特ですが、「膠」はメディウム、ぐらいの意味だと思います。註も重要です。ゴムのことを「護謨」と漢字で記されているのは、さすがに少々読むのが辛くなってくるところです。

| 絵画材料 | 01:16 AM | comments (0) | trackback (0) |
クレムニッツとクレムス
シルバーホワイトを筆頭にフレークホワイト、クレムニッツホワイト、クレムスホワイト、レドホワイトなどと鉛白絵具の名称は非常に多いのですが、おそらくは全て慣例名的な用法で、厳密に産地や製法を表しているわけではないでしょう。個人的にはレドホワイトという呼び方が、最もストレートで私の好みですが、それはともかく、クレムニッツ、そしてクレムスは都市名だと思うのですが、この違いは何か。各社の絵具のラベルを確認すると、一般的に英語ではクレムニッツホワイト、ドイツ語でクレムサーヴァイス(クレムザーヴァイス?)と書かれること多いように見受けられます。
・ウィンザー&ニュートン(英)のクレムニッツホワイト
クレムニッツホワイト
汚れていて読みにくいのですが、ラベルには大きくchremnitz whiteとあり、下段に各国語の表記で、小さくCremserweißの文字が見える。やはり汚れていて、非常に読みにくいが申し訳ないですが、頭文字がKじゃなくてCになっているように見えます。

・ムッシーニのクレムス白(クレムザーヴァイス)
クレムニッツホワイト
大きくドイツ語名、kremserweißと書かれ、下段に小さく英語表記のchremnitz whiteが見られます。

マックス・デルナー邦訳版p.78の註に以下のような解説があります。
クレムニッツホワイト
--引用--
・・・英語ではシルバーホワイト、クレムニッツホワイトという。クレムニッツ白の由来は、チェコスロバキアの工業都市クレムニッツから来ているが、実はそこでは鉛白は製造されておらず、ドナウ川沿岸の都市クレムスから供給されていた。・・・
--引用終了--

これはどういうことなんでしょう。ドイツ語圏ではクレムスから直接供給されていたが、英語圏ではクレムニッツ経由だったのか。それとも、いずれもクレムニッツ経由だが、ドイツ語圏では、それがクレムスの白だとわかっていたのか。

参考:各社シルバーホワイト : とりロジー
http://torilogy.exblog.jp/15853599/


フランス語、イタリア語は残念ながら全くわからず、その辺の違いも検討できたら面白いのですが。イタリア語はちょっと勉強してみたい気がします。チェンニーニとかダ・ヴィンチの頃とかの単語がある程度、なんとなくでも読めたら参考になりそうなので。

| 絵画材料 | 12:56 PM | comments (0) | trackback (0) |
ヒメナエアとフタバガキの種子を購入
「ジャムこばやし(http://jamkobayashi.com/)」さんというショップから珍しい種子などいくつ購入しました。
ヒメナエアの種子

日本ではまず見かけないような珍しい種子を多数販売されていますが、その中でも注目は、マメ科あるいはジャケツイバラ亜科に属するヒメナエアという樹木の種子です。
ヒメナエアの種子
ここ数ヶ月の間に琥珀やコーパル樹脂について語ってきましたが、ヒメナエアは琥珀の元となる樹脂を出す樹木のひとつです。琥珀の前段階であるコーパルも同じくです。サンプルとして、あるいは話のネタ的に欲しいと思っていたのですが、画家鳥越一穂氏が日本で取り扱っているショップを見つけて教えてくれました。現在、日本で画用に売られているコーパルは東南アジアのナンヨウスギ科のアガチス属から採れるもので、こちらとは違います。マメ科のコーパルは主に中南米、そしてアフリカのコーパルです。という話はともかくとして、ヒメアエアの種、写真は種袋の状態らしく、これを割るといくつかの種子が入っている模様です。蒸れた足の臭いがするという噂ですが、現状では無臭です。開けたら足の臭いがしてくるのでしょうか、蒸れた足の臭いのジャムとか作れるのでしょうか?

そして、フタバガキの種子。
フタバガキ科の種子
納品書によれば、大きなものがDipterocarpus obtusifolius、小さなものがShorea roxburghiiと記されています。ダンマル樹脂は主に東南アジアのフタバガキ科shorea属他から採るそうで、こちらはダンマル樹脂の話のネタにでも、ということで。厳密にこの種子がなる樹木がダンマルの原木ではないかと思いますが、このような羽の生えた種子を出すフタバガキ科の植物から採れると考えてよいかと思います。そもそも現地で採取される段階で厳密に管理されているようなものではない様子なので。

他には、静物画のモチーフにならないかと思って、乾燥ザクロを買ってみました。
ドライザクロ
枝まで付いていて、いい雰囲気です。生の果物は、モチーフとして管理するのが大変、というか、比較的短期間で描かなければなりませんが、乾燥ものでしたら、じっくり、あるいは何度も繰り返し使えます。人物像もミイラを描いたらどうかと言おうかと思いましたが、小物と違ってむしろ管理が大変そうですね。

ティカポッドという種を買ってみました。
ティカポッド
これは、モチーフになるかどうか、よくわかりません。インテリアにはよいかもしれません。

シナモン
シナモン
この状態のシナモンは格好良いですね。これはモチーフになりそうです。

| 絵画材料 | 07:13 PM | comments (0) | trackback (0) |
カウリコーパルをエタノールに溶かしてみた
昨年から度々話題にしておりましたカウリコーパルですが、アルコールに溶かしてみることにしました。

50g購入していたのですが、そのうち37gを使用することに。
カウリコーパル

ちょっと姿の格好良い塊を撮影用サンプルに残しておくことします。
カウリコーパル

無水エタノール111gにカウリコーパル37gを入れて溶解させます。重量比で樹脂1に溶剤3の割合となります。
カウリコーパル

半化石樹脂のコーパルなら、現生コーパルよりも溶解に時間がかかるかと思いきや、あっさりと溶解しました。
カウリコーパル

ときどき瓶を揺すりつつ見守りましたが、2日後には瓶底の方まで溶けておりました。
カウリコーパル
2日かかるというわけではなくて、底の方に樹脂が溜まってエタノールに触れにくくなっているところの溶解が遅れただけで、ちゃんとかき混ぜていれば、半日もあれば充分だったのでしょう。途中の段階では、もっとエタノールの割合を増やさねばならないかと思ったのですが、後に使用した感じではこれ以上薄めるとニスの強度が下がるのではないかと思います。むしろ1:2に近づけた方がいいかもしれません。どこまで濃く出来るかはわかりませんし、濃すぎても今度は塗りむらの原因にもなりますから、加減は難しいところです。

で、板に塗ってみることします。ちょうど、本棚を作っていたところだったので、その板のニスにしてみます。ちょっともったいないですけど。
カウリコーパル
3層ほど塗ったところですが、琥珀風の色味になっているような気がして、ちょっと嬉しくなります。が、これは主に板表面の屈折率の上昇により、素材の色が強調された面もあって、カウリコーパルの色と断定できるものではありません。

比較としてマニラコーパルも使ってみます。
カウリコーパル
同じ割合で溶かしてみました。

カウリよりずっと白い。もしかしたらアロマショップで売られているホワイトコーパルというのは、この樹脂のことなのだろうか。
カウリコーパル

左はカウリ、右はマニラ
カウリコーパル
これは透明なニスになる違いない。

しかし、板に塗ってもよくわからないです。
カウリコーパル
完成した本棚ですが、向かって右側の棚をカウリコーパルで塗っており、左側がマニラコーパルで塗ってあるのですが、塗った本人ですら違いがわからないのですから、第三者が見ても全く気が付かないと思います。オレンジシェラックと透明シェラックの場合は、1、2層塗っただけでも明らかに違いがわかったのですが、そこまでの色素ではなかったか。塗布サンプルを作ろうと思っていたのですが、この時点でやる気がなくなりました。強度的にはちょっと気になった点としては、板が擦れたりした部分が容易に剥がれてしまったのが、気になるのといえば気になりますが、アルコールの量が多かったのか、それとも塗ってすぐに組み立てたから、それとも3回しか塗っていないからか判定しかねるところですが、様子を見ようと思います。あけましておめでとうございます。

| 絵画材料 | 05:27 PM | comments (0) | trackback (0) |
カウリコーパルをアルコールに溶かし塗布してみた。
ここ最近ブログや動画で何度か言及してきたカウリコーパルですが、ただ持っていても仕方ないので、試しにエタノールに溶かして、木材に塗ってみることにしました。
どのくらいの濃度で溶いたらよいのかなどの情報は特に持っていないので、とりあえずは、樹脂:エタノールが重量比で1:3になるようにしてみます。
50gほど購入していたのですが、そのうち37gを使用。
カウリコーパル

エタノール111gを投入しました。
カウリコーパル

13gほどの一かけは、後日、撮影したりなどのサンプルとして残しておきます。
カウリコーパル

2日後
カウリコーパル
すっかり溶解しております。

半日ほど経過した段階では、瓶底にやわらかくなった樹脂がまだまだ残っている状態だったので、エタノールを足そうかどうか迷いましたが、そのまま待って正解でした。

瓶を傾けてみました、若干の残留物があるものの、ほぼ綺麗に溶けています。
カウリコーパル

ちょうど本棚を使っていたところだったので、その板材に塗布してみました。
カウリコーパル
3~4層ほど塗っただけですが、なかなか程よい琥珀色をしています。塗ってみた感触ですが、樹脂と溶剤の比率は今回くらいが丁度よさそうです。この後、何回も塗れば当然色艶は濃くなっていきますが、棚ですから、この辺で止めておこうかと思います。

| 絵画材料 | 09:55 AM | comments (0) | trackback (0) |
ランニング処理済コーパル
■ダンマル/コーパル/バルサム #8 テレビン・エタノールへの反応(後)


動画ではランニング処理済のコーパル樹脂が無事テレピンに溶解したところです。動画のネタに試しにやった程度でしたので、正確な分量などは量っていなかったのですが、かなり少量を溶かしたにもかかわらず、真っ黒いワニスが出来ました。コーパル系画用液はかなり黒くても、それほど多くのコーパルが入っているというわけではないのでしょう。しかし、この黒い色をした画用液を使うわけですから、やはりランニング処理には大きな意味があるのでしょう。

コーパルがアスピック油(スパイクラベンダー油)に溶解するという話もしております。その後、鳥越さんも私もいろいろ試してみたいのですが、アスピック油に溶かしたものは、乾性油と混ざらないという現象に悩まされて、油彩用画用液を調合するには至っておりません。不思議なことに、乾性油に混ぜると、コーパル樹脂と思わしき成分がゼリー状に固まってしまうのです。なんとも不思議なことです。コーパルとダンマルに違いについていろいろ考えさせられますが、個人的にもっと気になっているのはスパイクラベンダーオイルです。これほど不思議なものもありません。テレピンともペトロールともまるで違う溶剤です。ダンマルとコーパル両方を溶かすというのも不思議ですが、いったいこれは何なのか、ただ単にいい臭いのする高級溶剤と思って、油彩画に使用するものでもない、何か明確な意図があって採用するべきものかと思います。というわけで、いつかは溶剤の動画も撮ることができたらな、とは思いますが、なかなか勉強が追いつきません。しかしまぁ、とりあえずは、樹脂を突き詰めていきたいと思います。

鳥越さんはアスピック油溶解のコーパルを以下に混ぜるか探っていく過程で以下の論文を見つけて私に教えてくれました。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nikkashi1898/35/3/35_3_340/_pdf
昭和初期に書かれた論文のようですが、コンゴコーパルやザンジバルコーパルが塗料業界全体で主要な材料だった様子が覗えます。この頃、コンゴからのコーパルの輸出はピークであり、凄まじいトン数のコンゴコーパルが取引されていました。需要があり、安定した供給もあったのでしょう。そして、入れるとやはり塗膜が丈夫になったり、多大なメリットあったからこそなのでしょう。二〇世紀前半の油絵用の画用液や、技法書もそういう状況で書かれたのかと思うと興味深いものがあります。仮に今コンゴコーパルが安定供給されたとしても、合成樹脂が揃っている現在、塗料業界に与える影響はほとんどなさそうですが、それは仕方ないとして、今我々は現生樹脂のマニラコーパルをランニング処理したワニスを画用に用いていますが、半化石樹脂コーパルといかほどの差があるのか、その点も気になります。

| 絵画材料 | 12:09 AM | comments (0) | trackback (0) |
琥珀について
マスチック、ダンマル、コーパルなどについてまとめてきましたが、琥珀についても、多少なりとも調べてみたいと思います。

琥珀について書かれている日本語の文献ですが、私が知っている範囲で紹介すると、まずは●スレブロドリスキー(著)『こはく』新読書社(新装普及版2003/01)。新装版は最近の刊行ですが、初出からはそれなりの年数が経過しているので、若干内容が古くなっている可能性があります。次に●アンドリュー・ロス(著)『琥珀 永遠のタイムカプセル』文一総合出版 (2004/09)、こちらは美しい図版で構成されていますが、琥珀の中に含まれる昆虫など内包物の解説(宝石の鑑別に訳に立つ知識なのかもしれない)に重点が置かれており、琥珀自体についてはそれほど多くのページは割かれていません。しかし、化学なことを門外漢でもわかるように易しい言葉で説明しています。雑誌「現代化学」にときたま琥珀の記事が載っているようです。私が目を通したのは、●「現代化学 2013年 06月号」東京化学同人掲載の「超スローな化学反応でつくられる琥珀」中條利一郎(著)という記事。最も最近の本では、●飯田孝一(著)『琥珀』亥辰舎(2015/10/30)、力作であり情報も新しいので、何か買うなら今なら本書一択のような気がします。外国の文献では、例によって●Jean H. Langenheim,"Plant Resins: Chemistry, Evolution, Ecology, and Ethnobotany"のAmberの項から読み始めました。琥珀に限らず樹脂全般についての本ですが、それでもなお、情報量では他を圧倒しています。

化石化できる樹脂を出す樹木としては、マメ科のHymenaea(ヒメナエア)が挙げられます。こちらは、コーパルの元となる樹脂を生むので、コーパル樹脂を解説する際に言及したかと思います。他にはナンヨウスギ科などが挙げられますが、こちらはカウリコーパルの件でやはり言及したアガチス属を含む科です。いずれも今の世でも化石化が可能な樹液を出している樹になります。今我々が手にする琥珀は、樹脂として出てきたのは数千万年も昔だったでしょうから、現在のそれらの樹の祖先の植物が出したという方が正しいでしょう。古い物では2~3億年前だったりするので、現在とは樹木の様子も相当異なり、そもそも地形、気候など地球上の様相が大きく異なっていたんでしょう。Plant Resinsぐらいの本になると、既に絶滅した琥珀生産源の樹木についても延々と述べられています。琥珀は古い物では1億年、2億年前に遡るものもありますので、地上の様子も大きく異なっていたと思いわれます。

原生樹木に限れば、琥珀を産む(産んだ)代表格は以下の2つです。
・ナンヨウスギ科(学名:Araucariaceae、アラウカリア)のナギモドキ属(学名:Agathis、アガチス属とも)
・マメ科(まめか、Fabaceae syn. Leguminosae)のヒメナエア属(Hymenaea)

必ずしもこれらに限ったわけではありません。長らく化石樹木と思われていたメタセコイアも琥珀となる樹脂を出していたそうです。メタセコイアは1945年に中国奥地で現存しているのが発見され、日本でもあちこちに植樹されています。私も自宅の庭に苗を植えた話は以前ブログに書きました。やや古めの文献には、琥珀の元となる樹脂は、針葉樹、特にマツの樹脂と書かれていることが多いかと思います。私が持っている電子辞書に収録されているブリタニカ国際百科事典にも「マツ類の樹液」と書かれています。マツの樹脂、松脂は琥珀を形成する為の高分子化ができないようで、松脂は琥珀原料の候補としては除外されます(高分子化にもいろいろあって、化石化に必要な高分子化が行なわれないということらしいですが)。最近の文献ではいずれもはっきりと松脂は否定されています。ただし、ナンヨウスギ科の上はマツ目なので、マツ類の樹脂というのが全く的外れとは言えませんが、松脂という誤解を受けることを考えると避けた方がいい表現でしょう。あるいは、ブリタニカ国際百科事典はもしかしたら、coniferという単語をマツ類と訳しただけかもしれません。琥珀を産む樹木として、よく見かける表現は「針葉樹の樹脂」ですが、先ほど触れたマメ科のヒメナエア属は針葉樹ではないので、針葉樹に限定するのも正しくないと言えるでしょう。

どのような高分子化が起こるのかについては、先に挙げた文献の中では「超スローな化学反応でつくられる琥珀」が最も詳しいのですが、私が読んでもよくわからないという問題はあるものの、やはり元の樹種の違いによって、何か差が出てくるのではないという予感はしたので、琥珀画用液の検討の際には、産地に関する件はどうしてもないがしろにできないところでしょう。さて、樹脂の中に高分子化に必要な条件が揃っていても、それだけでは琥珀にはならないようです。樹木から出てきてしばらく空気に触れていると劣化するようで、樹脂が出て、それが何らかの理由で速やかに地中に埋まった方が良いようです。高分子化は化学反応ですから、地熱などが加わると反応が加速するようです。加速と言っても数万年単位ですが。例としては、樹脂が出て樹木と一緒に川に流されて、空気に触れずに地中に埋まってしまうとか。樹木の組織の中に包まれたまま琥珀になるケースもあるようです。樹脂なら全て化石化するわけではなく、そして化石化する樹脂も、条件が揃ってようやく化石化するのであって、レアケースなのでしょうけれども、数百の琥珀鉱床が見つかっているようですが、そのうち採掘するほどの大きな鉱床は20地域ぐらいとのこと。代表的な琥珀産地の地図が飯田孝一(著)『琥珀』に掲載されております。各地の形成年代と琥珀の特徴も書かれています。

樹脂はどれくらいの年月で琥珀になるのか。画用という面で考えたとき、気になるのは、どの時点でコーパルなのか、どの時点で琥珀になるのか、という点です。地質の条件が深く関わるので、経過年数が樹脂の化石化に直結するわけではないけれども、多くの書物では、琥珀になるには数百万年、数千万年の時間が要ると書かれています。ただし、Plant Resinsでは、その数値に根拠はないと言います。Plant Resinsによれば、0~250年を経過しただけのものは、まだ現生樹脂か最近の樹脂(modern resin or recent resin)という括りであり、250~5000年は古樹脂(ancient resin)、5,000~40,000年の間のものを半化石樹脂と分類し、そして40,000年以上経って化石樹脂になるとする。4万年というのは琥珀の世界では非常に新しい樹脂のようにも思えるが、4万年前はマンモスが居た頃で有り、化石になるには充分な年月とも言えるのか。数字が千年単位とかで、4千万年前の間違いかと最初は思ったのですが、放射性炭素年代測定による年代の分析に依っているので、放射性炭素年代測定でさかのぼれる限界が4~5万年だとすると、やはり4万年なのでしょう。琥珀に関してはともかくとして、コーパルを入手したとき、それが本当に5000年以上の時を経た半化石樹脂なのか、それとも最近樹木から採った原生樹脂なのか、それを調べる手段としては、放射性炭素年代測定で判別できそうな、という気はします。例えば、海外のショップでコンゴコーパルの名がついた樹脂が売られていたりしますが、実際はたぶん買う方も売ってる方もそれが半化石樹脂なのかはわからないと思いますが、どうしても気になる場合は、そのような方法ではっきりさせることができそうです。どこに頼めばいいのか、いくらかかるのかはわかりませんが(かかった費用に見合うリターンがあるのかも微妙ですが)。

というわけで、以上のような知識上の基礎を踏まえた上で、琥珀を熱してみたり、前日入手したランニングアンバーをテレピンに溶かしてみたりなどしつつ、鳥越さんと動画を収録しました。うまく編集が進めば年内中には公開されるのではないかと思います。

| 絵画材料 | 11:36 PM | comments (0) | trackback (0) |
カウリコーパルについて
樹脂について語る動画シリーズの続きです。

■ダンマル/コーパル/バルサム #6 カウリコーパル・琥珀

ニュージーランドで採取されるカウリコーパルが登場します。現在、ニスようのコーパルはフィリピン産のマニラコーパルで、おそらく現生樹脂だと思われるのですが、カウリコーパルは化石樹脂かもしれません。ナンヨウスギ科のAgathis属の樹脂です。まぁ、マニラコーパルもAgathisですが、しかしカウリコーパル採掘の写真など見ると、地面をものすごい掘っているので、数万年前の樹脂を掘っている感が溢れています。今も掘っているかどうかはわかりませんが、あまり流通していないので掘ってはいないのでしょう。化石樹脂だったところで、画用への活用の道があるかどうかは微妙ですが。。。アフリカのコーパルはマメ科の樹木、そして東南アジアのコーパルはナンヨウスギの樹木、これらは遙かな昔に琥珀を生んだ樹木の子孫です。現在、琥珀(アンバー)に関する動画も収録しようと計画していますが、そちらへの伏線ともなっているので、興味のある方は是非ご覧ください。

■ダンマル/コーパル/バルサム #7 バルサムの比較と考察

バルサムが登場します。バルサムはメーカーによって粘稠度が異なりますが、柔らかい製品は溶剤で希釈してあるのではないかな、と前から思っていたので、その話をしています。思っていたというか、容器のラベルにはしっかりとバルサム+ホワイトスピリットなどと明記されています。従って、メディウムを調合する際は、希釈済かどうか確認しないと、濃度がだいぶ変わってくると思います。どうせならテレビンで希釈すればよいのに、何故にペトロールなのか。臭いを嗅ぐと石油臭がするので、すぐにわかります。ペトロールの方が安いのか、それとも安定するのか。なお、実際のところ、希釈してある方が使いやすいのは確かです。

| 絵画材料 | 12:07 AM | comments (0) | trackback (0) |
コーパル樹脂について
このところ、ずっとコーパル樹脂のことを考えていました。ダンマルの名称、原産樹木なども問題も複雑で、混乱の元となっているとはよく言われますが、コーパルよりはずっとマシであると言えるでしょう。コーパルという名称は、現在のメキシコあたりの原住民が使用していたコパリという言葉がスペイン人を介してもたらされたという話です。現地人にとっては樹脂全般を意味する言葉で、現代のような植物の分類もなく、自分たちの土地の樹木の樹脂をそう呼んでいたのでしょう。これはdamarという言葉が、東南アジアの現地人の間で樹脂全般の意味で使われていたのと共通しています。「コーパル」はやがて、国際市場では硬質で融点が高い樹脂を示す用法が定着しますが、どのような変遷をたどってそこに至ったかははっきりしないようです。名称の由来は中南米で、産地として有名だったのはアフリカ、しかし現在使用されているのは東南アジアという経緯があったと考えると、地域の違いや、樹木の種類の違いも大きく、さらに、地面から掘り出されるものと、生きている樹木からタッピングで採られるものがあり、その違い、主に経年による変化かと思いますが、それも含めると、コーパルは性質や特徴が幅が非常に広い材料だといえるでしょう。ダンマルは東南アジアが舞台であり、タッピングで採取されるものに絞られますから、コーパルと比較すると、まだわかりやすい部類だと思います。

現在、絵画用に使われているのは、東南アジアのマニラコーパル、しかも生きている樹木からタッピングで採取されるものだそうなので、それだけをカバーしていればいいとも言えますが、かつて絵画技法書などで論じられたのは、おそらくアフリカ産のコーパルのことだと思います。ヨーロッパが植民地支配していた頃の話ですが、アフリカの各種コーパルは、現在のマニラコーパルよりも硬質で融点も高く、ニス用途に優れていたと思われます。絵画に使われている天然樹脂の中では、ダンマルが最も広範囲に調合画用液に使われていると思いますが、最も人気のある樹脂はコーパルなんじゃないでしょうか。ルフラン社の画用液にも含まれているものが多く、やはりそれはアフリカのコーパルを使っていた頃からの伝統なのではないか、という気もします。どの時期にアフリカのコーパルを多用していたかというのは、気になるところです。この辺はまだあまり知らべていないので、まだまだ語るには時期尚早なのですが。

コーパルといえば、琥珀に至ってはいない段階の半化石樹脂ともいわれていますが、東南アジアのコーパルはかつては、地面から取るものもあったものの、今は生きている樹木から取っているということで、この半化石樹脂という定義は必ずしも当てはまらないようです。コーパルの説明では、生きている樹木から取るが、地面に埋まっているものを取ることもあるという記述をよく見かけますが、少なくとも半化石樹脂というものになるには、相当な年月が必要で、森の生態系が変わったり、森そのものすら無くなって久しい的な状況ではないとおかしんのではないか、という気がしていました。地面から採取方法はアフリカ各地や他の地域でも、だいたいは先を金属で強化した棒で地面を引っかいて集めるぐらいの記述であり、その深さも1メーターということもあれば、たった数センチというのもあって、不思議に思っていましたが、最近読んでいるPLANT RESINSによれば、ザンジバルコーパルに次いで硬質だと言われるコンゴコーパルもおそらく半化石化に必要な年齢(5000-40000年)に到達していないかもしれないと述べています。コンゴコーパルですら半化石樹脂でなければ、厳密に半化石樹脂とされるものは、コーパルの中でも一部のものに限られるのではないか、という気がします。マダガスカルコーパルにおいては、半化石樹脂として売られていたものを調べてみたところ、50年ほどしか経過していないものだったという例もあったとか。

アフリカのコーパルについていろいろ話たいことはあるのですが、それは控えるとして、現在入手可能な東南アジアのコーパルに限ると、フィリピンのマニラコーパルと他にニュージーランド北部のカウリコーパルがあるそうですが、販売されているものを購入してみました。
コーパルカウリ
商品説明には、化石樹脂と記述されておりましたので、そうだとしたら、なかなか稀少な製品かと思います。

そして、ランニングアンバーも販売されていましたので、注文してみました。
ランニングアンバー

カウリコーパルは実際に使用するかどうか(というより使用できるのか)は今のところわかりませんが、ランニングアンバーであれば、テレピンに溶解するのならば、すぐにでも画用液として使用可能なので、近々試してみたいかと思います。絵画用のアンバー画用液も売られているのですが、価格が高すぎて試せなかったということもあって、楽しみです。

| 絵画材料 | 10:12 PM | comments (0) | trackback (0) |
ダンマル樹脂について
引続き、”Plant Resins: Chemistry, Evolution, Ecology, and Ethnobotany”を読み続けています。必要な箇所だけ拾い読みするつもりでしたが、植物由来の抽出物全般に関してたいへん詳しく書かれており、もはや全体を読まずにはいられないところです。マスチック樹脂に関しては、メギルプ制作実演と一緒にマスチックについて語るという動画を鳥越一穂氏と収録したので、そのうち公開されるかと思います。鳥越氏自身はマスチックを使用しておらず、コーパルを含む画用液を調合して使っているとか。

しかし、私は今はダンマルについて読んでいます。マスチック樹脂の定義や採取植物についての問題というのも、いろいろ整理が大変ですが、それよりも遥かに混乱しているのが、ダンマルです。ダンマルは絵画用の天然樹脂としてはたぶん最も一般的なものですが、どのような植物から採れるのか、案外はっきりとわからないものです。少なくともマスチックは最良の物はキオス島南島のPistacia lentiscusであるということは、はっきり述べてもいいかと思いますが、ダンマルの方が複雑怪奇です。ダンマルが、というよりは、コーパルも含めて東南アジアの樹脂の名称が全般的に複雑なのですが。

というわけで、”Plant Resin”を読みつつ、私なりに現状の認識で整理していきますと・・・、ダンマルの採取源となる植物ですが、東南アジアのフタバガキ科に属する植物が主たる採取源で、ネット上を検索した限りでもそのように書かれてあることが多いようです。しかし、その他植物の樹脂もダンマルと呼ばれることがあり、用語としてのダンマルは非常に曖昧で混乱を招く原因となっています。”Plant Resins”によると、そもそもはマレー人が樹脂で作った燈火をダンマルと呼び、それが樹脂全般を指す言葉と転訛していったということです。やがてヨーロッパと大規模な取引がされる中で熱帯アジアからの樹脂をdammarと呼ぶようになった云々とあります。
ダンマル樹脂
フタバガキ科の他、カンラン科(burseraceae)も挙げられています。カンラン科ではプロティウム属(Protium)、フタバガキ科では、サラノキ属(Shorea)が特に採取源として言及されている。サラノキ属には仏教寺院に植えられることで有名なサラソウジュ(沙羅双樹、学名Shorea robusta)が含まれます。ちなみに、私の自宅にも2本の沙羅が植えられいますが、実は日本の沙羅は、ツバキ科のナツツバキで、耐寒性の弱い沙羅双樹の代用として植えられた為に沙羅とも呼ばれるようになっただけの模様です。ちなみに赤い染料で知られるスオウ、これも日本でスオウという木がたくさん植えられていますが、実はハナズオウというもので花の色が赤いというだけで別の樹木です。アラビアゴムが採取されるアカシアも、日本の北の方にまで植えられていたりしますが、実はニセアカシアという別の木だったりするのと似たような例といえるでしょう。

マレー諸島の東、乾燥した土地の生えるAgathisが、はじめdammaraという属に分類されたそうです。植物の科、属、種などは随時更新されるので現状どうかはわかりませんが、wikipediaを見たところでは、Agathis dammaraという学名の樹木もありますね。さて、Plant Resinsによると、この樹の樹脂を現地ではダンマルと呼ぶが、市場ではコーパルと呼ばれるものであると書かれてあります。そのように樹脂名及び採取源の植物の名称の関係はパズルのように複雑に入れ乱れていますが、特に医療用途では個々の植物へのアレルギーなどありますので、深刻な問題のようです。画材店向けではあり得ませんが、アロマ用品のショップでは「ダンマーコーパル」という商品があったりして不思議に思ったことがありますが、ダンマーを樹脂全般の意味で使ったとしたら、そんなにコーパル樹脂ぐらいの意味で、とくにおかしなことはないのかしれません。いずれにしても、画材店で販売されているものを利用する分には、専門家が取り扱っているものなので、特に名称の問題や採取源など気にすることはないですけれども。

語源の事で触れられたダンマーを利用した燈火ですが、Plant Resinでは、マレー人の古来からの使用法として照明に関して触れています。粉砕したダンマル樹脂をバークチップやウッドオイルと混ぜて、パームの葉で包み、0.6mからそこらの長さの円筒状の細いロウソクにすると書かれてあります。

こんな情報なんの役に立つのかわかりませんが、しかし、マスチックは聖書などの書物に登場し、ダンマルは釈迦入滅の際に出てくる樹木から採れるということで、世界史、特に古代史が好きな私としてたいへん興味深いところです。

| 絵画材料 | 12:50 AM | comments (0) | trackback (0) |

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